日記

まーと9月1日の記憶

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[お断り]
以下は2012年9月に書いたものです。2012年当時まーは老齢で具合が悪かったこともあり、譲ってもらった時のことを思い出しながら書きました。ちなみに、まーは10ヶ月後の2013年7月に他界しました。
また、上記写真は2004年頃のまー、びー。

9月1日は、長老猫まーを譲ってもらった日だ。1996年のことだった。その時のことを思い出すと、いつも決まってよみがえる記憶がある。

それは、まーを引き取った時の状況だ。その数ヶ月前、Oさんという近所の家の子どもが、ゴミ収集所にビニール袋に入れられた乳飲み児の猫4匹を見つけて持って帰ってきてしまった。そのうちの1匹がまーだ。その家では既に猫を2匹飼っており、これ以上飼えないという大人の判断により、「猫譲ります」の貼り紙を自宅の前に貼った。それをたまたま見つけて(近所だけど普段通らない道だった)、生後3、4ヶ月の時にその家まで行って貰ってきた。

私が訪ねた時は、4匹のうち2匹は既に引き取られており、三毛のまーと白黒の猫が残っていた。三毛を選んだのは、こちらの方が暴れていなくて手に触ることが出来たというイージーな理由からだ(後に判るが、まーは大人しいというよりも、緊張して身体に力が入っていなかっただけだった)。淡々と進む、譲りたい思いと譲って欲しいと思う、利害が一致した大人同士の会話。「ウチはもう飼えないんで」、「貰っていただいて有り難い」など、こちら側に立った発言を聞いた後で、猫を籠に入れ、その家を失礼しようとした矢先、2階からすごい足音で人が降りてくるのが聞こえた。見ると、その家のお子さんで、後から思うとその子が猫を拾ってきたのだろう。一瞬、どうしたのだろうと思ったが、それ以上想像できずに、その場は立ち去った。

それから5年後、2001年に白黒の猫を保護した。保護した、といってもそれ以前からしばしば見かけていたやけに人なつこい猫だったのだが。その人慣れした性格ゆえ、同じ建物のご近所さんも可愛がっており、道端で私がなでているとご近所さんが帰ってきて猫談義に花を咲かせたことも度々あった。そういう状況もあり、その猫を保護したことをお報せして我が家に居るのを見せたところ、「お宅は既に猫が居て大変だから、私が飼ってあげましょう」と強引に言われ、まーのような性格の私は、本当は譲りたくないのに譲ってしまった。

その時に、脳裏によみがえったのは、まーを持ち去る時に見たOさんのお子さんの顔だった。あの表情は、そういう切ない意味だったのか。同じ立場になってはじめて判った。そして、大人も、大人の論理で「ウチでは飼えない」と言っていたのだろうが、内心つらかったのかもしれない。

ちなみに、まーは前の家でも、まーと呼ばれていた。体の毛がマーブルだからもらわれるまでの仮の名として、そう呼んでいたということだが、そのままにした。まーちゃんという呼び名と見た目が一致していたのでそうしたつもりだが、内心、前の飼い主さんへの遠慮、気後れ、罪悪感、恩義などが混ざった感情があり、そうしたのかもと今は思う。

というまーも16歳。10歳くらいからなにかと病院にかかるようになり、3年前には急に年老いた気がしたのだが、振り返ってみると、3年前にできていたこと(椅子に座る私の膝の上にジャンプする)ができなくなっているのでさらに老化は進んでいるはず。が、こちらとしても、世の中には抗えないことがあるのだと気づいたせいか、ジャンプできなかったり、薬をのんだり、補液のために針をさされたりの日々だけど、毎日食餌できて心配することなく眠ることができるのだから、それでいいかと思うようになった。なによりも、まー自身が自分の老化を受け入れているように見えるのだから。