レビュー

[展示] 「気仙沼と、東日本大震災の記憶 ―リアス・アーク美術館 東日本大震災の記録と津波の災害史―」目黒区美術館

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気仙沼市にあるリアス・アーク美術館の「東日本大震災の記憶の津波の災害史」展を紹介する展覧会が東京・目黒で開催されています。
東北に行きたいけど遠くてなかなか行けないという方も、そうでない方も、展覧会に足を運んでみてはいかがでしょう。

会場:目黒区美術館
日程:2016年2月13日〜3月21日(10時〜18時)月曜休館(3/21祝日は開館)
料金:無料
開催概要:http://mmat.jp/exhibition/archives/ex160213

震災から5年を迎えようとしている今、このような展示をみることで、薄れていく記憶、書き換えられてしまった記憶を更新するキッカケになるような気がします。

開催概要

目黒区美術館の開催概要から抜粋します。

<なぜ目黒?>
気仙沼市と目黒区は、1996年の「目黒のさんま祭」に気仙沼市よりサンマをご提供いただいたのをきっかけに交流が始まりました。(略)
2010年9月、両自治体は友好都市協定を結び、さらに絆を深めました。東日本大震災が起きたのはその半年後のことでした。

<リアス・アーク美術館とは?>
1994年10月25日開館。
地域のミュージアムとして、現代美術の紹介とともに、歴史、民俗、生活文化を伝える資料の収集・展示にも力を入れてきた美術館。
この震災以前から「津波」を地域の文化を築いてきた大切な要素の一つと捉え、過去の大津波を展覧会で取りあげてきました。
こうした経験が結実し、東日本大震災の記録活動を、記録資料を残すことで終わらせず、正しく伝えようと、発災から2年が経った2013年4月、常設展示「東日本大震災の記録と津波の災害史」を公開しました。
「被災現場写真」には場所と状況の説明を加え、「被災物」は生活の記憶の再生装置と捉え、単なる資料展示をこえた、説得力のあるインスタレーションとして構成されています。さらに、震災発生後の2年間に得た様々な情報や課題をテキストで表現した108の「キーワードパネル」が加わり、鑑賞者の深く考える契機ともなる内容となっています。

<目黒区美術館の展示内容について>
本展は、「東日本大震災をいかに表現するか、地域の未来の為にどう活かしていくか」をテーマに編集された、この「東日本大震災の記録と津波の災害史」を、東京地区では初めて大規模に紹介するものです。写真パネル約 260 点と被災物(現物)11 点に、関係歴史資料を加えて展覧いたします。
また、リアス・アーク美術館の特色あるもう一つの常設展示、地域の歴史・民俗資料をまとめた『方舟日記―海と山を生きるリアスな暮らし―』より、当館のスペースに合わせて生活文化資料を特別展示し、気仙沼・南三陸地域が育んできた豊かな地域文化の紹介もあわせて行ないます。
展示に合わせて、リアス・アーク美術館の本展示の図録も販売されています(800円)。

 

展示を見て

大きく分けて展示物は三種類(被災現場写真、被災物、108のキーワードパネル)ですが、そのそれぞれが展示として説得力があるものでした。中でも、被災地に住む学芸員が撮影した写真が、報道写真とは全く異なるものだ、ということに一番驚かされました。また、そのことが、多くの人にこの展示を見て欲しいと思う理由です。

また、この展示の目的が記録資料を残すことではなく、それを正しく伝えていくことだと述べられており、伝えるための「伝わる表現(美術館が蓄積してきたノウハウ)」が見ていてわかりました。展示内容は、アーティストにとっての表現の課題になるだけでなく、私たちが生きて行く上での教えにもなるものだと感じました。

被災現場写真

展示写真に添えられた説明文には、撮影日と場所、そして、その時に感じた思いが記載されています。発災直後から約2年間の調査期間、日々綴られていた撮影日誌の中からも展示説明文として使われています。印象に残ったものをあげてみます。

倒壊した建物の上から撮影した俯瞰した写真は、どこまでも町が壊された様子がわかりますが、説明文の、上った建物の中には犠牲者がいたかもしれず、手を合わせて上った、ということがわかると、同じ写真でも違って見えてきます。

また、冠水した町の大きな水たまりに建物の姿が逆さまに写り込んでいる写真は、写真として美しいと思いました。説明文を読むと、壊滅された町を撮影しているとそのような光景でも美しいと思えてきて『心が美しさを欲している』、そのような状況に置かれていたことがわかります。

被災物

被災物の展示とそれに添えられた「物語(様々な被災者と語り合う中で得られた物語をベースとして創作したもの)」、特に「物語」は一般的な展示ではあり得ない手法だと思います。その意味で賛否両論あるのではないかと思いますが、個人的にはアリだと思いました。

展示物の中には、8合炊きの炊飯器、レトロな喫茶店で使われそうなシュガーポットがありました。被災物を目にした時に被災者とそうでない人では理解度が異なると思われます。被災者であれば震災を通した体験からたとえ説明がなくても被災物が体験したことを想像できるでしょう。しかし被災や避難をしていないと、現在見えているだけの状態(壊れて汚くなった炊飯器)しかわからないと思います。これらの被災物には、中を開けてみらた…という創作が添えられていましたが、それがとても切ないもので、被災した人の気持ちの片鱗がみえたような気がしました。

被災現場写真に調査員の当時の感想が反映されているように、人々が身近と感じられるエピソード(たとえ創作であっても)を語り口調で提示する手法は、震災が地域の人々にどのようなものをもたらしたかを知らせる手段ではないか、と思いました。創作だからか、被災物という実物だからか、判断はつきませんが、ここが展示の中で際立っていて、私はよかったと思いました。

108のキーワードパネル

キーワードバネルは、被災現場写真や被災物に関連したキーワードについての解説パネルで、展示室全体に散りばめられていました。中には、そうだよねーと実感していたこともありましたが、多くはこれまで気づいていなかった内容で、これは覚えておきたいなど思いながら見て回りました。例えば…

  • 被災者のランクづけのような漠然とした物差しがあって被災者自身もそうでない人もその物差しで自分を測ってしまう(パネルの記載ではないですが、「ウチはまだ恵まれてるから」という発言は私も何度も聞きました)
  • まっすぐな道路は車が走るには都合がいいけど、津波にとっては格好の水路になってしまう。水路かしないように高架式にするなど対策を検討すべき
  • 震災以後に生まれた人は震災の記憶を持っていない。だからまずは覚えて欲しい、記憶を獲得して欲しい(震災を経験していない人、にも置き換えられると思いました)