あいちトリエンナーレ2019/小森はるか/愛知芸術文化センター(A87)

あいちトリエンナーレの映像プログラムでどうしてもこの作品が見たくて足を運びました。訪れた9月15日は上映後に小森監督、杉原永純映像キュレーター、津田大介芸術監督によるトークがあり、その内容も加味していきます。

監督である小森はるかという人の存在を知ったのは、「波のした、土のうえ」というやはり映像作品の監督としてでした。確か2016年の3.11映画祭でのこと。東日本大震災後の陸前高田に生きる人々追った映像作品という意味では、その後に発表された「息の跡」、そして今回見た「空に聞く」も同様。

「空に聞く」は「波のした、土のうえ」にも登場する阿部裕美さんを描いた作品。震災後に開設された陸前高田災害FMのパーソナリティーとなった阿部さんを記録し、その一方で被災した日本料理店を再建してお店の人に戻った阿部さんにパーソナリティー時代を振り返って語ってもらい、その両者が行ったり来たりする構成。

陸前高田は、広範囲にわたる津波被害にあった土地に12メートルのかさ上げ工事を行っており、その規模は山を丸ごと削ってかさ上げするなど、想像するのが難しい大規模なものでした。一方、住民感情的には、住んでいた町や家の上にかさ上げされるので、記憶を塗りつぶされるような思いもあったとのこと。津波での損失よりもかさ上げ工事での損失の方が辛い方もいた模様。これが復興なのかという思いを言葉で描くのではなく、記録をすることで抵抗したいという監督の言葉が響きました。

「阿部さんはあこがれるカッコイイ存在、災害FMをではなく、阿部さんを撮りたかった」という監督の言葉に、私は大きく頷けました。というのも、「波のした、土のうえ」を見た時、阿部さんがあまりにも強く印象に残っていたからです。やはり、この人を追いかけたかったのかと、3年にわたる謎が一つ解けたような気もしました。

2011年の震災当時は、小森監督は東京の大学院生で、同じく学生だった瀬尾夏美さんとボランティアとして陸前高田に通うことに。その後、変化が速くて通っているだけでは記録ができない、大事なものを取りこぼしてしまうとの思いから移住を決断し、阿部さんとは移住した後で会ったそうです。災害FMでパーソナリティをしていることは移住前から知っていたそうで、亡くなられた方たちに何かしようとしている姿を見て、阿部さんを撮りたいと思ったとのこと。

なお、この作品をなぜ今回やるのかといえば、白黒はっきりさせないという意味でも、あいトリのテーマである「情の時代」にかかせない作品とのこと。作品の冒頭でFMラジオ放送が始まる前のルーティーン(機材やCDのチェックなど)を行う阿部さんの指先が映し出され、作品の途中には月命日の日に黙祷を生放送する様子が映し出されます。津田さんの言う「このような毎日、毎月やっていることが、情の時代に対する回答の一つ」には、人の営みの持つ意味について改めて感じいりました。

と同時に、被災後に仮設住宅に移った一人暮らしの老人の家で話を聞く、結婚のために外国から陸前高田に来て被災した女性に話を聞く、阿部さんのそのような姿を、「情報(正しい音)だけを流すのではなく、生活音やノイズ(間違えた音)をも流していた」と語った監督の言葉に、作品タイトル「空に聞く」が重なりました。阿部さんは空に聞いて、空に届けたいという思いで番組を作っていたのかもしれない、と、私なりに阿部さん像をつかむことができました。

【補足】
2020年の恵比寿映像祭で小森はるか+瀬尾夏美の展示や上映があり、「空に聞く」も上映されるようです。
なお、「波のした、土のうえ」のトレイラーはこちら。阿部さん、柔らかい声が心地よいんですよね。私の印象に残っていた理由の一つだったかもしれません。